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一人のメンバーが、偶然岬へ行くことになった旅に『Project Cape』と名前をつけた。
そして、一人のメンバーが『Motorcycle Crew』って俺らに似合わないかと言った。
2人の別々の想いと2つの名前。そしてそれを結びつけた仲間の存在。
そしてできたのが『P.C.M.C』だった。『岬を目指す鉄馬の一団』として。
だからといって岬にだけ興味があるわけではない。もちろん山も海も湖も、もちろん普通の観光地だって好きである。
しかし鉄馬に乗った時からの憧れであった宗谷岬をはじめ、惹きつけられる場所が多いのはやはり岬である。
だからしばらくの間。。。この名前を背負って走ることにしよう。
うちのチームの名前である。意味はいろいろあるが。。。まぁ間違っても上品な意味ではない(笑)
仕事上、職場を転々とすることが多い。そんな中で気の合う仲間と知り合う機会は多いようで意外と少ない。人というものは、住んでいる場所が離れてしまうと意外と会う機会が少なくなる。それが遠い地となるとなおさらである。そんな中で、気の合う奴、いつも笑っていられる奴、なんか離れられない奴、笑いの神が降りてくる奴。。。そんな仲間の受け皿として軽い気持ちで作ったチームだった。
それが、結成6年目をむかえた。まぁよく続いたもんである(笑)
始め6人だったメンバーは、加入or脱退を経て現在10名。初めは俺1人だった鉄馬乗りも現在は7人になる。鉄馬乗りではないメンバーも堂々たるクロカンを操り、いつも頼りない鉄馬群の脇を支えてくれ山へ海へ岬へと。。。結成当時は考えもしなかったことである。
しかし、当時独身だったメンバーも半分は家庭を持ち、なかなか全員が揃うことは難しくなってきた。それでも高まる旅への思いから目的地は遠くへ遠くへ。余計揃うのは難しくなっていく。そして、これからもっと難しくなるのかもしれない。
それでもなぜか笑って会える。1年近く音信普通でも、会ってしまえば昨日も話していたかのように笑い合える。そこにそのメンバーがいなくてもいないことを感じなくなるときがある。いつもいたかのように笑い合える。不思議である。
こんな仲間と今年はどこにいこうか。そしてどこでまた笑おうか。楽しみである。
ブログが前後しているので到達岬(2006年以降)を少しまとめて見た。
○2006/7/23到達【北海道最南端:白神岬】 ○2006/9/3到達【本州最北端:大間岬】
○2006/9/3到達【本州最涯地:尻屋岬】 ○2007/8/18到達【北海道最西端:尾花岬】
○2007/8/20到達【日本最北端:宗谷岬】 ○2007/8/20到達【北海道:野寒布岬】
○2007/10/6到達【本州最東端:トドケ崎】
他にも小さな岬には立ち寄っているが、とりあえず有名どころをあげるとこんなところだろうか?
意外と少ない。まだまだ旅は始まったばかりである。まだ見ぬ岬を目指して2008年も爆走しよう。春はまだか!?
2007/10/6:本州最東端トドケ崎到達。
帰郷~(名):故郷へ帰ること。帰省。~辞典で調べるとこのような意味らしい。
岩手県宮古市。この6万足らずの小さな港町にこの岬はある。いわずと知れた本州最端の岬うちのひとつである。
岩手県宮古市。実は自分の生まれた街である。18年生きたこの街を離れて10年以上たった今、まさかバイクでしかも目的を持って帰ってくるとは思わなかった。
もちろんトドケ崎のことは知っていた。少年野球に夢中になっている頃にチームの釣り大会なんぞしたこともある。子供会で遠足に来たこともある。しかし鼻たらし小僧だったその時にはこんな特別なところだとは微塵とも思っていなかった。
この岬には今までに行った岬との決定的な違いが1つある。自分の体力との戦いを強いられるのである。バイクを近くのキャンプ場の駐車場に止め、そこから実に4kmもの山道を歩かなければならない。これがかなりきつい。。。しかしその道を歩くだけの価値はあるものである。見渡す限りの地平線。水色と藍色のコントラスト。そして真っ白な灯台。
鼻たらし小僧の頃見た風景と全く変わらない景色が目の前に広がる。変わらない景色とはすばらしい。。。そんなことを考えるようになってしまった自分に寂しくもありうれしくもあるそんな景色であった。
そんな景色を見たい方は、スニーカーをしっかり履いて、水を片手にチャレンジを。間違ってもエンジニアブーツなどでは行かないように(笑)
※※※
ちなみに、本州最東端訪問証明書は宮古市各所で入手可能ですが、肝心のトドケ崎にありませんのでほしい方はこちらで確認を。
http://www.city.miyako.iwate.jp/cb/hpc/Article-422-1625.html
2006年9月3日:本州最涯地尻屋岬到達。
青森県下北郡東通村。この村の果てにこの岬はある。灯台と寒立馬で有名なこの岬を正直知らなかった。大間岬のように有名な岬でもなく、観光地として整備されているわけでもない、このなんでもない岬。今回ここへ行ったのも正直大間岬のついでだった。しかしこの岬に行ったことが自分の旅の価値観を変えることとなった。
本州最涯地の碑がたたずむ尻屋岬。寒立馬と海の風でさび付いたセメント工場、その周りにたたずむ漁民の集落。その間を通り抜けて到達したこの地こそ、自分が大間岬に思い描いていた風景であった。
その端より広がる広大な青い海。その海を無言で見守る真っ白い灯台。そして夕陽がそのすべてを金色に染めていく。最高の景色である。
しばらくの間、何を話するわけでもなく、ただただその最高の景色に見入ってしまった。天気と時間とが偶然重なってできた最高の景色。こういう景色を奇跡と言うのだろう。
このなんの目的もなく足を運んだ何もない岬。しかし何も無い場所にこそ最高の景色があるんだと気づくことができた少し大人になったような旅であった。
※※※
その後ベースキャンプへ戻り、帰路についた3人を『気遣いつつ』宴会開始。しかし、3人が盛岡へ到着した時には。。。すでに。。。(笑) ツクエ君、クー、ダニエルお疲れ様でした。
そして3日目。青森を離れ帰路へ。道の駅へ何回か寄りつつ、旅の疲れを取るために温泉へ。そして、あの運命の一言。。。「バイクの免許っていくらかかるの?」
この一言により、その人物は2007年8月宗谷岬へ立つこととなるのである。
2006年9月3日:本州最北端大間岬到達。
お隣の県、青森ということで、北海道ツアーに比べ簡単に考えていた自分の浅はかさに打ちのめされ、しかしその到達感に感動すら覚えた9月2日~4日の3日間であった。
今回のツアーメンバーは8名。バイク6台、車2台の大所帯である。
初日。いつもの遅刻土下座から始まったツアーは天気にも恵まれ、途中メンバーを増やしながら、青森県むつ市『早掛レイクサイドヒルキャンプ場』へ到着。今回のツアーのベースキャンプを張る。このキャンプ場へは初めて行ったが、管理人の対応も◎。設備も◎。申し分ないほどのいいキャンプ場だった。
2日目。いよいよ大間岬を目指そう。。。と張り切った朝。
むつ市西方の恐山方面から黒い雲が。いきなりの大雨である。これはお参りに行かなければ。。。ということで恐山を経由しいざ大間岬へ。その後恐山の怒りは静まったのか、大間に近づくにつれ雲の切れ間から差し込む光。そしていつの間にか消えた雲。大間へ到着したときには海と空がひとつになったかのような晴天であった。
本州最北端の碑。その碑を中心ににぎわっている観光街。これはちょっと意外だった。勝手なイメージで何も無い寂しい岬に碑が立っているものだと。。。
しかし、やはり到達感と晴天に後押しされ勝手にテンションが↑。最北端の碑の前でワァー!マグロとこぶしの像の周りでワァー!写真を撮ってはワァー!旅の途中で会った仙台の少年に再会してワァー!しまいには、ズボンを下げてパンツでワァー!!!(笑)
いや~いい大人が8人でワイワイ!周りの観光客の方すいませんでしたm(_ _)m
そんなこんなではあったが、きちんとマグロ丼定食と本州最北端到達証明書は押さえて大間岬を後にしたのは言うまでも無い。そう。たくさんのマグロ漁船団に見送られながら。
※※※
その後、残念ながら仕事の都合で3人が帰宅。
残り5人で生涯忘れることができない記憶を最涯の地で刻むことになる。
いきなりだが、自分、ワンピースが大好きである。
花柄模様のフリフリ♪の。。。ではなく、スリットの入ったスケスケ☆の。。。でもなく(爆)
少年ジャンプで連載されている海賊漫画の事である。男なら一度は旗を掲げ大海原へ旅立ってみたいと必ず思う。。。と思う。パイレーツオブカリビアンがあれほどのヒットをするのだから(笑)
今回旅をともにした2つの旗。
1つは北海道を走るライダーで知らぬものはいないと言っても過言ではないホクレンの旗。
もうひとつは最北を制覇したものだけが持つことができる宗谷岬の旗である。
モンキー・D・ルフィやジャック・スパロウのように世界を相手に戦うような大それたことはできないが、この二つの旗を掲げ、北海道を縦断できたことに、男として密かな喜びを感じる。
旗は男心をくすぐるアイテムである。
旅の記憶はこのくらいにして、若干、旅の記録について書きたいと思う。
岬といえば。。。というくらい付き物なのがこちら。
最○端到達証明書。
宗谷岬に限らず、果ての岬には必ずあるものであるが、この岬については群を抜いている。なにがって?ここ宗谷岬には証明書の発行所が山ほどあるある。観光協会やら神社やら、木の札みたいなのやら、はたまた宗谷岬在住六代目の方個人の証明書まである。こりゃまいった(笑)しかもそれを残らず買ってしまっている俺。。。まぁいいさ。思い出をお金で買ってしまおう(笑)
その他にも、岬はずれの最北端の給油所では最北端給油証明書と記念の貝(1枚ずつ2007と交通安全と書いてある)がもらえる。どっちかというとこちらがうれしいかった。
そして。。。
何気ない手紙が一通。これは小樽でパンク修理工場閉店後ふらりと立ち寄った蕎麦屋さんからの一通の手紙である。
その蕎麦屋で、こともあろうか命の次に大事なクロムハーツのzippoを忘れてしまったお馬鹿な俺。しかも150km以上走ってから気づき戻るに戻れない俺。
そんなお馬鹿な旅人の勝手な電話にも親身に対応してくれ、無事岩手へ届けてくれ、しかも心温まるお手紙を一通同封してくれた。
『道内産石臼挽 自家製粉 蕎麦処 両国』のみなさま。本当にありがとう。
これら全てが2007年の北の宝物である。
2007/8/20:野寒布岬到達。
旅の目的を果たした。しかし宗谷岬は旅の終わりではない。俺たちの大地へ帰らなければ。
宗谷岬を発ち、野寒布岬でウニダケウニドーンを頬張りつつ今日の目的地江別市へ。
江別にはいつもお世話になっている竹内夫婦が待っていてくれる。急ごう。
しかし。。。ここは最北の地。遠い道のり。急ぐ気持ちとは裏腹に、到着は夜もふけた夜10時。
しかしそんな疲れた旅人を笑顔とジンギスカンで迎えてくれた。本当に全員感謝感謝の一言である。
明けた北海道最終日。とうとう北海道を離れるときがきた。達成感と疲労感。そして寂しさを胸に苫小牧へ向かう。
夜の苫小牧フェリー乗り場。闇とおぼろげな灯りが寂しさが倍増する。
そして朝の八戸港。突然現実を突きつけられたような旅の終わり。
その後青森~岩手を回って帰宅の途へつく。しかし八戸からの道中のことは多くは語らいことにしよう。そのくらい北海道の記憶は大きすぎた。
しかし。。。これだけは思えた。
旅の終わりに近づくにつれ周りにいる仲間がとても大きくみえた。
そんな仲間ととともに達した宗谷岬制覇。行った仲間にしかわからない様々な思い。
宗谷岬は自分にとってバイクに乗り始めた頃からの最大の旅の目標であった。そこに行けば何か達成感で満ち溢れると。
しかしそうではなかった。宗谷岬は仲間と行く岬の通過点でしかなかった。
この仲間とともにまだ見ぬ岬へ行くための通過点でしか。